誰かの手記
なぜ、忘れていたのか?と思うくらいだった。
その記憶はあまりに鮮明で……
いや、むしろ、曖昧さが逆に現実的だった。
自分の頭がおかしくなっている可能性も考えた。
脳と言うものは、未だ未知の領域で、解明されていないことばかりだ
あの事故でなんらかの障害が起きて
ありえない妄想に取り憑かれてしまっているだけなのかもしれない。
妄想…。
そう、妄想としか思えないうわ言を繰り返す人たちが
来院するのも、何度も見てきた。
本人にしかわからない幻聴や妄執。
わたしと彼らとは、どう違うというのだろうか。
『昔は、精霊や悪霊に憑かれている、などと言われていたこともあったがね。
私はすべて、脳の仕組みで解明されるものだと思っているんだよ。』
義父のこういう合理的なところは嫌いじゃない。
だけどわたしは、自分の存在について…
なぜ自分が「こう」なったのかに対して、どうしても、合理的な説明ができないのだ。
はっきりしているのは。
わたしがこの記憶について他人に語ったところで、
幼少期の事件で頭がおかしくなったとしか思われないということ。
そして、それはわたしを育ててくれている義父母を悲しませるだけだということ。
わたしが、「わたし」の記憶を……翊羅としての思い出を大事にしたいのなら、
このことは誰にも言わず、隠し通していくべきだということだった。
わたしは、このまま成長して…やがて、成人と呼ばれる年齢になって…
そのとき、他の人たちみたいに人生を歩めるのだろうか。

「会いたい。あの人たちに。」
ーーーーーーーーーーー